* Do Be Do Be Do *

あ〜、と腹落ちする瞬間がたまらんです。

何が好きか忘れてしまった人へオススメの本『ソース』

 

 

こんにちは。

ただいま絶賛お仕事探し中、フリーターです。(パートタイムで働いております)

 

ここ二ヶ月は、日本での求人には履歴書やエントリーシートを書いたり、アメリカの求人にはレジメやカバーレターを書き書きしながら、過ごしております。寝ても覚めても仕事の心配、というほど焦ってはいませんが、やっぱり近い未来が決まっていないのはとても心が不安定になります。

 

さて、就職活動をしていると、自分がやってきたことや、これからやりたいことについて考えることになります。私は、アメリカで過ごした4年間のおかげで将来やりたいことや向かいたい方向がだいぶ明確になったのですが、やっぱりここまで来るにあたり、そうとうグルグル、モヤモヤ、あちこち迷走しました。

 

そんな中、今の自分にいたるまでにやってきたことの一つで、すごく役に立ったことがあったので、今日はそれを紹介してみようかなと思います。

 

ワクワクを発見する

さて、「好きなことを仕事にする」ことについて、みなさんはどう考えますか。

 

「やっぱ一日の大半を使う仕事だからこそ、好きなことしたいよねー。」

 

「いやいや、何そんな甘えたこと言ってるんだ。好きなことを仕事にできる人なんて限られてるんだぞ。」

 

「好きなことがそもそもわからないわよ。。」

 

なんてコメントが聞こえてきそうですけど、今日紹介したいのは「自分のワクワクを追求して生きようぜ?」と諭してくる本です。

 

そんな本のタイトルは、『ソース』。

私たちの人生の源(みなもと)は、ワクワクすることにある、ということについて著者の経験を元に書かれた本です。

 

ソース?あなたの人生の源は、ワクワクすことにある。

ソース?あなたの人生の源は、ワクワクすことにある。

 

 

この本を読んだのはちょっと前なので、詳しい内容の紹介はしないのですが、私が自分のワクワクすること、将来したいこと、好きなことを見つけ出すにあたってとても役にたった質問集があるのです。

 

以下の質問リストに、小さなころから好きだったこと、夢中になったことなど、書きなぐってみてください。誰も見ないから、ちょっと変な趣味だってりっぱなワクワクすることだから、書いちゃってください。そして、書き出したらじっくり見直してみてください。けっこう点と点が繋がったりするかもです。

 

ワクワクを発見する質問(簡略版)

  1. 好きな趣味は何ですか。
  2. 戸外でどんなことをするのが好きですか。
  3. 誰といるのが楽しいですか。
  4. どんな場所にいるのが楽しいですか。それはどこですか。
  5. 好きなテレビ番組は何ですか。映画は?
  6. 好きな本はどれですか。好きな漫画は?
  7. 好きな室内の遊びは?屋外の遊びは?
  8. 好きなスポーツは何ですか。
  9. どんな音楽が好きですか。
  10. どの動物またはペットが好きですか。
  11. 自分のしたいことを自由にできるとしたら、何をどうしますか。
  12. あなたの人生のできごとで、重要なことは何ですか。なぜ重要ですか。
  13. いままで楽しかったのはいつですか。そのとき何をしていましたか。
  14. 最高の気分を味わうのはどんなときですか。
  15. 何に触るのが好きですか。
  16. 何を聞くのが好きですか。
  17. 何を見るのが好きですか。
  18. いっしょにいて楽しい人のどこ(性質)が好きですか。
  19. 小さい頃、何をするのが好きでしたか。中学や高校の頃は?現在は?
  20. どこでも好きなところに行けるとしたら、どこに行きたいですか。
  21. 乗り物では何が好きですか。(車、船、汽車、飛行機、馬など)
  22. 何かを乗り越えることができるとしたら、何を変えたいですか。
  23. 親友は誰ですか。
  24. これがあればとっても幸せになれるんだが、と思うものは何ですか。
  25. あなたが夢中になっていること、好きでたまらないものは何ですか。
  26. どんなとき、すべてがうまくいっていて満足だ、と感じますか。
  27. これまでの人生を振り返って、心がゆったりと落ち着いて平和な気分を味わったのはいつですか。そのとき何をしていましたか。 

(十一章 自分のワクワクを全部書き出そう)

 

どうですか?質問めっちゃ多いですよね。ほんとに簡略版?って感じですよね。

 

正直、答えるの、めっちゃめんどくさいです。でも、こういう自分を知る作業って時間と労力を入れないと出てこないことが多いと思います。なので、一人じゃめんどくさくてだめだわ、という人には誰かと一緒に質問し合うのがおすすめです。私は今年の年明けに、友人と6時間スカイプしながらこの質問について話しました。ちなみに自分のことを良く知っている人と話し合うと、フィードバックももらえてなおGOOD。

 

さてこの質問に答えることで、私は自分の好きなことにいくつか共通点があることを見つけました。それは、

 

何かをコツコツすることを苦としない。

何かを育てることが好き。そのためには時間と労力を惜しまない。

大事と思ってる人や事のためにはものすごく頑張る。

 

この共通点を見つけた質問が、「質問6:好きな室内の遊びは?屋外の遊びは?」 。

意外ですけど、日常の些細なところに、自分のワクワクすること・好きなことへの本質は転がっているのかもしれません。

 

私は、ゲームオタクとまではいかないんですけど、昔から好きなゲームがあるのです。それは『牧場物語』。いとこに勧められたミネラルタウンの仲間たちをプレイして、大ハマリ。ちなみに、中学のときには遊びすぎて、母親に目の前でゲームボーイアドバンスを壊されたけど、大学生のときにバイトしたお金でDSを買って、また牧場物語を買って遊ぶほど。アメリカでもたまに牧場物語してます。

 

牧場物語は、毎日畑の野菜に水をやり、牛の世話をし、薪を割り、釣りをし、住民にプレゼントを上げて好感度をあげて、、とにかくコツコツした作業を繰り返すゲームなのです。そんなコツコツ作業よくめんどくさくならないね、とか言われるけど、このコツコツの先に待っている、畑の拡大、家畜の出産、家の増築、住民との恋愛(笑)と結婚が楽しくて仕方がないのです。

 

友達に牧場物語の楽しさについて熱く語っていると、「何かを育てる・もしくは世話することが好きなのかな?」というコメントが。たしかに、、といろいろ思い返してみると、、

小学校5、6年生は、飼育員として学校にある飼育小屋に休み時間ごとに通い、うさぎの世話に人生を燃やしてたし(うさぎの赤ちゃん育てたり)、6年生のときにハムスター買って買ってとめちゃくちゃ親にお願いしたり、獣医になりたいから図書館で本借りてきたり、動物奇想天外とか鉄腕DASH好きやったし、たまごっちの進化の瞬間とか感動ものやし、コツコツ育てたポケモンが進化するときもワクワクするし、そういや小学校のときめちゃくちゃ大事に朝顔育てたな、とか、カマキリも育ててたな、とか、いろいろ思い出したのです。

 

そして、さらに大学生になってから情熱をそそいだ出来事を思い返すと、インターンシップをしていた団体で参加学生のメンターをするという機会があったのだけど、最終日に朝5時までホテルのロビーで悩みを聞いたり、語り合いをしてた。

 

さらに深掘りしてみると、私のテーマは「成長」かも、しかもそれは自分の成長じゃなくて、誰か(それは人でも自然でもなんでも)の成長のためにかけるエネルギーがすごいのかもね、となったのです。

 

確かに、成長だけじゃなくても、私は自分のために何かするときは面倒くさがりだけど、矢印が他人に向いていると結構頑張る。例えば、香港に留学してた友達への誕生日プレゼントとして必死に集めたメッセージ集を持って香港へ突撃訪問したり、同じく別の友達の誕生日ビデオを寝ずに編集したり。(ここで大事なのは、ぜんぶ自主的で誰からも頼まれていないこと)

 

このように質問に答えてると、まさかの牧場物語からいろいろと自分のパターンが掘り起こされてきたのです。

 

子どもの頃に好きだったことを思い出すこと

質問集に答えてみて気付いたのは、自分が子どもの頃に好きだったことって、純粋な「好き」に繋がってることが多いということ。子どもがすることには利害関係なんてなく、好きなことなら何時間でも没頭できるけど、嫌いなことや興味ないことには目も向けない。そういった自分が昔好きだったことを思い出してみると、これから自分が情熱を注げることの発見に繋がるのかも。

 

もちろん大事なのは、牧場物語が好きだから私は牧場主になりたいんだ!(農家には憧れるけど)と、好きだったことをこれからやりたいことに直結するんじゃなくて、大きな枠組みで考えてみること。

 

例えば、私が牧場物語が好きなのは、単純にゲームが好きなんじゃなくて、ゲームの過程で行われてることにやりがいを感じるから好き。つまり、コツコツ畑を育てて、自分の牧場が成長していく過程にやりがいを感じる。

 

誰かの成長にやりがいを感じる。じゃあ、人の成長を間近に見れる学校教師になればいいのか?というと、そうでもない。成長っていっても、いろんな捉え方がある。

 

そこは、今現在の興味分野とくっつけて考えてみると何かが見えるかもしれない。

例えば私の場合は、人の心の成長に興味があるからスクールカウンセラーになりたい。(今のところ)そして、カウンセラーっていう仕事は、コツコツいろいろな人の事例や勉強が必要。そんな勉強も、人のために繋がっていればきっと苦にならないのかも、なんて。

 

まずは「好き」なことを思い出すことが必要だけど、その次は「好き」の本質を見つけること。そうすることで、その本質に沿った仕事を見つけることができるのかもしれないですね。

 

ということで、ソースの中の質問集の紹介でした。とてもオススメの本なので、興味をもった人はぜひぜひ読んでみてください。

 

意識学を学んだ。世界観が変わった。信じるか信じないかは自分次第だけど、私は信じてみたい。

  

こんにちは。今日は、私が一年間学んできた「意識学」について書いてみようと思います。今までずっと書くか書かまいか悩んでいたんですけど、学校が終わってしまいなんだか学んだことを忘れてしまいそうで。なので、自分の頭の整理のためにも書き始めてみようかなと。あとは、密かに尊敬しているブロガーのヒビノケイコさんの記事を読んで、やっぱり私も自分が好き・楽しい・面白いと思ったことを発信したいと思って、あらためて挑戦してみようという気持ちになったのです。

 

hibinokeiko.blog.jp

 

でも、やっぱり一番大きいのは意識学を学んでどれだけ私の世界観が変わったか、そしてどのように日常生活に役立っているかについてアウトプットしてみたいと思ったからです。ただ、学んだことが膨大すぎるのと、私自身全てを理解しきれていないのと、ところどころ出てくるスピリチュアリティや超科学に拒否感をもつ人もいるだろうから、どこまで詳しく書くかは手探り状態。それでも、恐れずにスタートしてみる!

  

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副専攻(Minor)で意識学をとってみた

さて、私は大学の最後の一年間、Consciousness studies という副専攻を修了するために、5つの関連授業をとってきました。アメリカは主専攻(Major)に加えて、副専攻(Minor)といって、主専攻とするより少ない単位で修了できる副専攻制度を使って、違う分野について学ぶ人がけっこういます。例えば、政治学主専攻+日本語とか。

 

私の場合は、主専攻は社会学系でしたが、副専攻としてConsciousness studiesをとりました。Consciousnessとは「意識学」になるのですが、それだけだとピンとこない人が多いと思います。

 

大学プログラムの説明によると、

Consciousness is a multidisciplinary inquiry into the nature, dynamics, and functions of the mind. It comprises new insights about the ontology of mind that are informed by depth psychology, neuroscience, quantum physics, and contemplative practices. The integral study of consciousness emphasizes broad and intellectually rigorous approaches to the mind and the exploration of cutting-edge and controversial issues. These include the nature of consciousness, the intersection of mind and matter, and ways of exploring levels of awareness that span disciplines, cultures, and history. It also includes a variety of experiential practices that have been demonstrated to heighten mental clarity, enhance creativity, and promote psychological and physical well-being.

 

日本語訳(訳すの難しい、要改善)

意識学とは、多角的な学問領域から生まれる、心と精神の性質・ダイナミクス・機能へ対する問いを扱う学問である。意識学は、深層心理学、神経科学、量子物理学、瞑想実践などに基づいた、心と精神の存在論に対する最新の洞察から成り立っている。統合的な意識学は、多岐にわたる厳格な知的アプローチを通して、心と精神、そして最先端で論争を生んでいる問題の探求する。例えば、潜在意識の性質から、心・精神と物質との共通性、さらには異なる学問領域、文化、歴史の中にみられる「潜在意識の階層」の探求方法が挙げられる。加えて、意識学は精神的明晰さの向上、創造性の向上、そして心と体の健康を促進させると明らかにされた多様な経験的実践も扱う。

 

これでもピンとこない人が9割だと思うので、今度はググってみました。なんと、知恵袋に答えを求めている人がいた。

 

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

 

意識学と言う名前をまえに聞いたのですが、本当にそんな研究分野があるんですか?

 

という質問に対してのベストアンサー。

 

研究している方は居られる用ですが、分野としてはどうなのでしょうか。

意識学
1.人間意識を考察するもの。=意識の哲学。
2.超能力や超常現象などに科学的にアプローチしたもの。=意識の情報科学。
3.啓蒙啓発的な、宗教的なもの。=意識の宗教学。

こんな感じのものが見受けられます。

超心理学や宇宙生物学と同じで、
「研究はされて居るが学問としてはまとまった形がない」という所でしょうか。

 

なんとなく、少しだけわかったような、わからないような感じでしょうか。私が学んだ感覚としては、1と2が当てはまっていると思います。これでも、やっぱりピンとこない人が多いかもしれないので、まずは授業を紹介しながらどんなことを学んだか具体的に書いていこうと思います。

 

以下は、私は5学期間にとった授業です。教授は鬼畜で(笑)めちゃくちゃ本を読まされ、書かされ、議論しました(大学なのであたりまえ)。私の専攻だった社会科学系とはまったく違う分野の読み物をするので、参考文献は知らない用語のオンパレードで当時は本気で英語が嫌いになったけど、今思い返すとだいぶ鍛えられたと思います。

 

1. Consciousness Studies - The farther Researches of Human Nature

この授業は1番最初に履修する授業で、意識学への導入クラス。夢の科学、直感、意図・志向(こうなりたい、こうしようという姿勢みたいな感じ)、超常現象(テレパシーとか透視、予知、臨死体験)を通して、心と精神(マインド)と身体(ボディ)の繋がりについて学びました。さらには、瞑想や静観的活動(仏教でいう座禅とか、キリスト教でのお祈り)が心と身体の健康に与える影響についても学びました。最近マインドフルネスってよく聞くようになったけど、それです。ちなみに何が驚いたかっていうと、授業の初日に念力の練習をさせられたこと(注:大学です)。紐に通したコインを念力で動かすというものでしたが、もちろん、私はできませんでした(だって心の中は疑念でいっぱいだったもの!)。

 

2. Explorenation of Consciousness 

二つ目は、1で学んだ潜在意識に関する知識をより深める授業。潜在意識の性質と、心・精神と身体の繋がりについてより深くつっこみました。例えば、慈悲の心(思いやり)や「信じること」とはどういうことか。脳は可塑性(脳は損傷しても、回復能力がある。そして脳の機能は鍛えることができる)があるのだから、アテンション(関心)とインテンション(意志) を持つことがどう脳の能力に影響するのか。瞑想と精神修行は、本当に心と身体の健康に影響があるのか。現在科学は、西洋社会のキリスト教ベースの独断的価値観に縛らているが、それにどう挑戦していくか。

 

この授業は一番重かった。成績も一番悪かった。

今まで信じていた価値観や世界観が覆され、すごく不安定になった。

私は結構疑い深い頭カチカチ人間なので、毎回の授業が自分の「あたりまえ」との挑戦でした。

 

3. Consciousness and Natural World

三番目の授業。自然界における潜在意識の在り方について学びました。動物と植物は意識を持っているが、人間はさもそれらが自分たちよりも低能かのように扱っているのはどういうことかという倫理的問題から、ペットの犬はなぜ飼い主がもうすぐ帰ってくることがわかるのか。なぜ、地震の前に動物が反応するのか。シャーマニズム文化では、自閉症を病気として扱うのではなく神聖な者の証として扱うのに、なぜ西洋では発達障害とされるのか。南米の原住民がもっている植物に関する豊富な知識はどこからやってきたのか(彼らいわく、植物たちに教わった!)、などについて学びました。

 

この授業が始まる頃には、だいぶカチカチ頭と閉ざされた心が開いてきて、積極的に知らなかったことを吸収することができるようになったと思います。日本の神道(シャーマニズム)や沖縄のユタ、アイヌ民族にも興味を持ちはじめたのもこの頃。日本ってもともとは精神性の強い国だったけど、いつのまにか欧米化され「宗教」とか「精神」とか、目に見えないもの、触れないもの、科学で証明できないものに嫌悪感をもつようになってしまっているのだなという気付きもありました。

 

4. Consciousness and Well-being

四番目の授業は、意識と幸福について。この授業がもしかしたら一番抵抗を感じる人が多いかもしれない。なんてったって、悟りとか、ワンネスとか、集合意識とか、慈悲、愛、そういうことについて学ぶから。笑 倫理観や思いやりについて深掘りしたのもこの授業。

 

私的には、この授業で読んだSabaathという「もっとゆっくり生きてもいいんじゃない?」と語りかけてくる本にはけっこう救われました。何もしないと罪悪感を感じてしまう現代社会だからこそ、息をすることに集中してみたり、一日の終わりはキャンドルを焚いて家族とゆっくりしたり、自然の中に出ていって鳥のさえずりや川のせせらぎに耳を傾けてみたりすることが大切なんだよ?って。こういう生き方ができるように、自分で人生をつくっていきたいなと思えた授業でした。

  

5. The Psychology and Science of Dreams

そして、最後は夢に関する授業。夢に関する歴史や理論から学び始め、夢から生まれた芸術作品や病気の治療薬、夢分析や明晰夢についても触れました。(知ってました?糖尿病の治療に使うインスリンって夢から生まれたらしいですよ。フランケンシュタインという文学作品も、ハレルヤという音楽も!)

 

この授業で面白かったこととしては、課題として夢日記をつけたこと。合計32個の夢を覚えてノートに書くのが成績の30%(!)。覚えてないんならMake up(捏造)しろ!ってシラバスに書かれてました。最初は夢を思い出すのがほんとにきつかったけど(起きたらだんだんフェードアウトしていく感じ)、徐々に慣れてきて、朝起きたら夢を忘れないようにすぐにノートかケータイに書き起こすという日々を過ごしていました。改めて夢日記を見返すと、ほんと支離滅裂、意味不明な夢が多くて笑えます。(例えば、私は自然豊かな場所に立っていて、人参を買おうとする。そしたら人参が7ドルもして驚く。そして、どこからともなく出てきた「先輩」に君たちはお金を出し合ってネギをたくさん買いなさいとと提案される夢とか、南アフリカで正義のヒーローとして、悪の組織と戦う夢とか。)

 

さらに、毎回授業の最初の時間は、グループで自分の夢をシェア。これは自分だけの解釈ではなくて、他の人の夢の解釈を聞くことで、自分の夢に対する理解を深めることができたのがおもしろかった。

 

そして、この授業は自分自身のヒーリングにもなりました。数年前にみた夢で、ずっと覚えている夢がありました。それを授業でみんなと一緒に分析してもらうと、実は自分の傷ついた心の現れだったことに気付くことができたのです。それに気づいた私は、授業中にも関わらず泣くという恥ずかしい経験もしました。また、この授業を取っている時に見た夢で、将来なりたいことはカウンセラーだと自信を持って思えるようにもなりました。

 

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(授業は机をこんな感じにしてみんなが見えるように。手前に電子辞書は、この授業を取り始めてから相棒になった。)

 

 怪しくて、怖くて、気持ち悪くてもOK

以上が、簡単な私が学んできたことの紹介ですが、、、、

 

えーーー???この人何いってんの?怖い、気持ち悪いと思う人、いるかもしれません。私も初めは同じでした。だから、拒否感や不信感は当然のものだと思います。ただ私はこの授業を通して、私は何も知らずに、周りが当たり前だと信じていることを盲目的に信じていただけなんだなと気付くことができました。それからは、自分は何も知らないんだから、初めて出会う考え方でも価値観でも、まずは受け止めて自分なりに噛み砕いてみようという姿勢を持とうと心がけるようになりました(まだまだ、批判的になる自分はいるけどね)。そうすることで、知らないことを学ぶ楽しさを知ったので、もっともっといろいろ知りたい知的好奇心が溢れたり、最初は理解不能だったことがふっと分かる瞬間の気持ちよさから、いっそう考えるようになったり、知らないことばかりなんだからもっと謙虚になろうと思えたり、いろいろ日々の生活での心構えが変わったように思います。

 

私が意識学の授業がすごく楽しくて大好きだったのは、学んだことを学校の教室で終わすのではなく、毎日の日常生活でいくらでも活かすことができたからです。そういった自分ゴトに繋げた学びをさせてもらった教授にはほんと感謝だし、一年間一緒に怒涛の課題に耐え抜いた15人ほどのクラスメイトとは特別な絆を築くことができたし、もうほんと意識学の副専攻に出会えてよかったと思っています。

 

 

私は、引き寄せの法則ってほんとにあると思っています。引き寄せというよりも、日々の小さな出来事から大きな事件、自分の要所要所での決断にはそれぞれきちんと意味があるということ。

 

コミュニティ・カレッジを終えた後は別の州の大学に行こうと考えていた私が、最終的に同じ州に残って、卒業前ギリギリに見つけた大学の学部に応募して、大学卒業に必要なサイエンス系の授業をただ必要だから取るのではなく、興味があるものを履修したいと思って他学部の授業まで調べた結果、出会えたこの副専攻。今は運命だと思っています。

 

ということで、今回はざっくりとした意識学の紹介をしてみました。これからは、授業で読んだ本について書いてみたり、書きたいと思ったトピックについて書いていこうかなと思っています。

 

 

まじめだね、の後に付く(笑)について考えてみた

「まじめだね」と言われると、褒め言葉よりも、バカにされた感があるのは私だけでしょうか。

「あなた、まじめだね(笑)」みたいに、後ろに「かっこわらい」が付いてる気がするんです。

この(笑)がなんともムッとする。


私は昔からよく、まじめだね~~と言われ続けているのだけど、その度、まじめな自分の何が悪いのかな?とまじめな自分がまるでいけないことかのように思っていました。

でもこの間、ふと気がつくと、「まじめだね」って言われても、あまりムッとしなかった自分に気が付いたのです。

はて、まじめな自分でいいのだ、といつの間にか思えるようになったのはなんでや、と考えを巡らせていると、気づいたことがあるのです。

それは、「まじめ」には二通りの意味があること。


ということで、まずは「まじめ」について「まじめ」に考えてみた。


そもそもまじめってどういうこと?


ふだん何気なく使う「まじめ」という言葉、あまり意味を深く考えたことがないかと思います。

だけど、よくよく考えてみると、まじめって二つ意味があると思いませんか。


それは、まじめ=堅い OR まじめ=真剣


あれ、私どっちの意味で使ってるかな。

たぶん、ほとんどの人が無意識的に文脈によって二つを使い分けてると思います。

例えば、上のまじめに考えてみたの「まじめ」は「真剣」のほう。

でも、あの子ってまじめだよねーの「まじめ」はなんとなく「堅い」ほうな気がしませんか。


ある言葉が使われすぎると、文脈が抜け落ちたり意味合いがごちゃまぜになったりするといいます。

たぶん、「まじめ」という言葉も、無意識のうちに二つの意味合いを文脈によって使い分けされ、でもあまりにも普通に使うもんだから、その言葉の意味を深く考えることがなくなった。

だけど、私たちが「まじめ」を使うときに、どっちの意味で言ってるかはお互いに確認しないから、それぞれ勝手に意味を解釈しちゃってる、ってのが日常のコミュニケーションで起こっているんじゃないかと思います。


(笑)がつくのは、堅い方

じゃあ、二つの「まじめ」があるなかで、(笑)が付くのはどっちでしょうか。

私は、まじめ=堅いほうかなと思います。


「あなた、まじめだね(笑)」=「あなた、堅いね(笑)」


ムッってしませんか。

え、私だけですか。(笑)


私が、なんでムッとするのかと考えると、(笑)に込められた皮肉っぽさに反応するからなのかな、って思うんです。

(笑)って、本当におもしろい時以外にも、皮肉の意味で使うじゃないですか。

意識高い系(笑) みたいに。(笑)

だから、まじめだねって言われたときに、「あなたお硬いわね、フッ(笑)」って言われた気がしてムッとするんです。


でも、そもそもなんで堅いまじめに皮肉的(笑)がつくのか。

それは堅いことが社会であまり良しとされてからじゃないかと思うのです。

そんでもって、じゃあなんで堅いのは良くないイメージがあるのかなと考えると、

堅い人は他人も自分も息苦しくしちゃってるからなんじゃないかと思ったのです。

自分のルールがあって、それを他人にも押しつけて、融通がきかなくて、がんじがらめになってる。一緒にいるとしんどくなっちゃうタイプ。

だから、まじめだね(笑)、つまりお堅いね(笑)と皮肉ることで、なんとなく、「おめ~なんか堅くてしんどいやつやなぁ~」という無意識的な批判的メッセージを送ってるんじゃないかと。

それで、まじめだねーと言われた(皮肉られた)側も、無意識にその皮肉を受け取るからムッとするんじゃないかなー、なんて思ったんです。

んーーー、どうだろうか。

(だめだ、力尽きた)



ということで、まじめだね(笑)について考察してみました。


(ちなみにもっと深く掘ると、ムッとするのは、そもそも自分の心の中にひっかかりがあるからだということも分かりました。例えば、自分の中に堅い=悪いことっていう価値観があるから、まじめ(堅い)って言われると、自分が否定されてる気持ちになるからムッとする、みたいな。あと、堅い自分が嫌で、でも変え方がわからんから、それを指摘されたみたいでムッとする、みたいな。これを書き出すと長くなるので、またいつか。)

自分がやりたいからするのではなく、場が何を求めているかが大切という普遍的な学び

 

今日、ピースメイキングサークルという場作りの手法の一つを使って、学校で所属しているクラス兼クラブで場作りをしてきました。ずっとこのメンバーでピースメイキングサークルができたらいいなと思っていたので、実現できてとてもホクホクした気持ちです。さて、久しぶりに場を作る側の経験をして学んだことを忘れないうちに振り返ってみようと思います。

 

 

ピースメイキングサークルのcenter piece

 

今回の場を作る準備の時に、ピースメイキングサークルを教えてもらった人に、あるアドバイスをもらいました。

 

あなたがやりたいことをただするんじゃなくて、相手が何を求めているか考えることが大切だよ。

 

これを聞いたときに、そうだよな〜、と頭では分かったのだけれど、なんとなく腑に落ちていませんでした。だけども、今日実際に場に身をおいて、少しわかった気がします。

 

今回の場は、始まりから15分遅れたり、途中参加が2人いたということもあって、なかなか予定通りに進行することができませんでした。そんな中、場を運営する側としては、二つの選択肢があると思います。

 

1.なんとか予定通りに流れを持っていく、もしくは押し通す。

2.その場に応じて、タイムラインを調整する。

 

結果的に、私は2番を選んだのだけれど、一瞬、「あ〜全然準備してきた通りになってない〜、どうやって自分の流れにもっていこう?」という考えが頭をよぎりました。もし、わたしが今回の場を自分がやりたいからするんだっ!というモチベーションだけでやっていると、1番を選んで、参加者の様子とか気持ちとか全く考慮できていなかったと思います。

 

もう一つ具体例は、最後から2番目の質問をするときに起こりました。予定表通りに行くならば、この質問はまだ最後ではなかったのだけど、なんとなく、場の空気がちょっと疲れてきてるなあ、と感じました。そこで、予定を変更して、本来最後から2番目の質問を最後の質問として、場に投げかけることにしました。結果的に、結構気持ちよい形で場を締めくくることができたんじゃないかな、と思います。

 

もしここで私が、準備してきた質問を全部聞きたいから、最後までデザイン通りに行いたいから、という自分勝手な理由で場を回していたら、参加者はまだあるの〜?疲れたよ〜って思っていたかもしれないし、すっきりきっぱり気持ちよく終わることが出来なかったかもしれません。

 

Consciousness club。ちょうど良い人数だった。

 

・人を巻き込んで何かを行うときに、なんでこれをしたいんだろう?と自分に問う大切さ。

・準備通りに物事を進めることが、必ずしも良い結果を産むわけでもないこと。(完璧主義が陥りやすい。笑)

・相手にとってベストなことは何かを意識すること。

・場の空気、エネルギー、参加者の様子を汲み取る力って、立派なスキルだわ、ってこと。

・自分中心から相手中心は、自分を殺すというわけではなくて、相手を尊敬+感謝+愛をもって接するということ。

 

今回のデザインから実際に行うまでの流れで、これからも気をつけていきたいことを学ぶことができました。今まで、ちょいちょい対話系のイベントをやってきたけれど、振り返ると結構自分中心だったなあ、ぐはは、と反省する私でした。

 

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最後に読んだ詩 

友達になろうと近づいてきた人に6万円の自己啓発セミナーの勧誘を受けて考えたこと

 

なんとも悲しいタイトルですが、人生で2回目の自己啓発セミナーの勧誘を受けました。

 

先日、ある知り合いA子(友人とは言えない関係)とご飯を食べに行きました。A子とは、大学の留学プログラムのボランティアで出会ったのですが、プログラムが終わってから、ヘイ!ユーとこれからも繋がりたいから、今度ご飯に行こう!的な連絡がきて、ご飯を食べに行ったのが2月。春休みに最近どうよ?的な電話がかかってきて、4月に私がホストするイベントあるから来てほしいという誘いを受けました。

 

まだ予定がわかんないから、また連絡するね〜って軽く流したら、テキストメッセージで、予定わかった?とガンガン攻めてくる。ここらへんから、なんだか気持ち悪いな〜違和感あるな〜と思い始めたんだけれども、何も知らずに判断するのはよくない(キリ!)から、じゃあ、まあ気が乗らないけど、行ってみようということで、先週の土曜日にお誘い受けたイベントに行ってきました。

 

イベントとかいうから、人がいっぱいいるのかと思いきや、当日いたのは、私とA子、A子の彼氏とその友人の4人だけ。そして、もう一人スーツを来た、キメキメ笑顔が眩しいお兄さん。(え?お兄さんいるとか聞いてないけど?)

 

しかも、着いてそうそう個人情報カード書かされる。なんの説明もなしに。ここらへんから、不信感MAXになった私は、顔に不信感駄々漏れで参加。不信感漏らしてるのにお兄さんが、キミの表情は今日のこの場への期待とオープンさが出ていていいね!とか言ってくる始末。この人全然人の気持ちわかってねえ、上辺っぽい、、とか思いながら不信感がさらに上昇した私は、この辺で帰りたいと思いながらも心をオープンにして頑張ってみた。

 

イベントの流れは2部構成

・自分の可能性についてのワークショップ

・自己啓発セミナー・プログラムの説明

 

ワークショップではお兄さんが進行役で、人生で上手くいっていない一つの分野を選んでそれについて深掘りしていくというもの。

 

流れはざっくりこんな感じ

1.人生で上手くいっていることと、上手くいっていないことを書き出す

2.上手くいっていないことから一つ、今日取り組みたいテーマを選ぶ

3.Probable almost certain future (最後までよくわからなかったけど、上手くいっていない状態が続くとどうなる?的なこと)

ーWhat have you already been doing?

ーWhat do you already have?

ーWhat have you already been being?

4.What’s missing, the presence of which would make a difference? (コレまたよくわからなかったのだけど、今上手くいっていないことは何が欠けているから起こっているのか?)

5.新しい可能性づくり、人生で自分が大切にしたいキーワードを書き出す

6.出てきたキーワードを声に出して、読む。(いかにもっぽい。笑)

 

ちなみに、私が選んだ上手くいっていないテーマは「恋愛」なのだけど、それをたたき台として自分の人生で大切にしたいキーワードを探していく作業を行いました。

結果出てきたのは、Authenticity (ありのまま)、Confidence(自信)、 Energized(やる気にあふれる?)でした。これをみて思ったのは、あ〜、ま〜、この3つ欠けてるわ〜でした。

 

そんな感じでワークショップが終わり、お待ちかねの勧誘タイムスタート。

 

名前は出さないでおきますが、今回勧誘を受けたセミナーの運営会社は結構な規模の会社で、世界中にオフィスがあり、日本にも東京、名古屋、大阪とあるみたいです。そんな会社の成り立ちから、プログラムの構成内容、費用なども含めて、いかにこのプログラムが素晴らしいものであるかのプレゼンが行われて、そのあとすぐにじゃあプログラム登録する?する?と聞かれました。

 

そこで、私はきっぱり6万円なんて学生がポンと出せる額じゃないし、今自己啓発して自己満足しているよりも、やりたいことが他にあるから登録しませんと言いました。この機会を見送ることによって逃す可能性は大きいかもしれないよ?、という感じで引き止められましたが、もういろいろめんどくさくなったのでそそくさと帰ったのでありました。

 

めちゃくちゃ前置きが長くなったけれど、今回の出来事でいろいろ考えさせられました。

 

・違和感を蔑ろにしてはいけない。

以前から彼女とのコミュニケーションに違和感をもっていました。なんていうか、すごく頑張ってる感、いい人に見せよう感が出ていて、一緒にいてすごく心地が悪かったのです。もし、彼女が私に近づいてきた理由が今回の勧誘目的なのであれば、私の感覚は正しかったのかもな、と思います。

 

・自己啓発プログラムがうさんくさいんじゃなくて、それに関わる人がプログラムをうさんくさくするのかもしれない。

 

私が今回のことで、なんか違和感〜と思ったのは、どちらかといえば人に対してでした。自己啓発って根本的に言っていることは、スピリチュアリティとか宗教とあまり変わらないと思っていて、そしたら自己啓発プログラム自体はニュートラルなはず。でも、なんか近づきたくない、、って思うのは、そのプログラムを説明している人が上っ面だったり、気取ってたりするからなのかもしれない。

 

・人に何かを猛烈にオススメする怖さ。

わたしは結構お節介な質なので、自分がすごく心から気に入ったものを人に勧めることが多い。それは、本だったり、講演だったり、ワークショップだったり。でも今回の猛烈プッシュを受けて考えさせられたのは、やみくもにオススメすると、逆に離れていっちゃう人もいるなあ、ということ。実際に、私が感じたのはワクワク感よりも抵抗感でした。たとえ、A子が心から気に入ったプログラムを私にオススメしていたとしても、私には勢いが強すぎて逆に押し返してしまった感じです。何かを人に紹介したいときに、どういうスタンスでいくと心を閉じずに話を聞いてもらえるのかな?と考えるきっかけになりました。

 

・自己啓発って心が弱っている人や、自信がない人を食うビジネスだなあ〜。

ワークショップ中、進行役の笑顔キラキラお兄さんは参加者のどんな発言も否定せず、パーフェクト!グレイト!ナイス!ファンタスティック!といったポジティブワードを連発していました。基本的にそうだと思うのだけど、心が弱っている人や自信がない人は「否定」に敏感です。だから、自分を肯定してくれるような発言をたくさんしてくれるプログラムには酔いやすいのかもなあ、なんて。これに参加した時の私の精神状態が健康で本当に良かったと思います。

 

(後日記:まさかのルームメイトが、このワークショップに600ドル出して行くことが判明!泣 感想をたっぷり聞こうと思います。)